竹森・茅森・ダムめぐり

 10月13〜14日の連休を利用して、一泊二日でニセコ界隈の野山と紅葉狩りに出かけようと計画していた。予定日2日前まで好天の予報だったので、ウキウキしつつ準備をしたが、予報が変わり、日曜日が雨交じりの予報になってしまった。結局、予報が的中して日曜日は雨。残念ながら中止です。しかし、14日は好天。日帰りでニセコまで行く気もしないから、以前から暇があれば見てみようと思っていた、乙部町竹森と茅森という珍名な場所を見学し、その後、八雲町(旧熊石)相沼内ダムと上ノ国町、上ノ国ダムを見学してみる事にしました。

   
まずは竹森から。 ここは、乙部岳登山口への林道近くなのですが、通った事はあれど、竹森だって意識した事がない場所でした。『地図@』付近から舗装路が終わりダートになります。

 
木製の橋を渡り、そのまま進むと・・・あらら『地図A』で道が流されている上、倒木で通られません。ここは、これで終了。この道からでも竹森へ行けそうだったんですけど・・・

 
仕方ないので正攻法の竹森線『地図B』の道を使って竹森を目指します。しっかり『竹森ロード』と書かれた標識まであります。

 
立派な簡易舗装の道を進むと『地図B』で行き止まり。ここから遊歩道を使って竹森へ行けるはずなんですが、遊歩道は草ボウボウの上、昨日までの雨でびしょ濡れです。行く気しないから止めました。

 
お次は茅森です。ここは、まさに乙部岳登山口へ続く林道沿いにありました。GPSでこの辺りだと思ってみたら・・・どうやらここみたいですが・・・『地図C』何やら鳥居と標識?があります。読んでみると、「名馬越の浦の碑」と読めます。帰宅後調べてみると、明治14(1881)年、明治天皇が北海道行幸の時に、この「越の浦」という馬が馬車を引いたそうです。その後、明治37年(1904)年に29歳で亡くなりました。「越の浦」の持ち主が乙部で乗馬を楽しんだことなどを記念して、見晴らしの良いこの土地に埋めて石碑を立てたそうです。

 
上の方は刈り払いされておらず、トライアルブーツでは、濡れた草に足を取られて滑りそうです。少し登ると「越ノ浦」の石碑が見えてきた。見た途端、すぐに馬の為の墓標だと分かりました。100年以上も前に頑張った馬に対し、僅かながらお賽銭を置いて合唱。

 
さて、お次は相沼内ダムへ向かいますが、道中、ひめかわの水とか能登の水なんて所へ寄り道しつつ相沼内ダムへ向かいます。

 
相沼内ダムは、バブル期の後半にF1釣り(イワナとカワマスの雑種)に通ったものですが、かれこれ15年ぶりぐらいでしょうか。相沼内ダムへの林道は、当時よりも寂しい印象があります。あれ?林道伝いに池なんかあったっけ?『上右画像』

 
正面にスルカイ岳が見えますが、その頂上にマイクロ波反射板が出来ていた。 という事は、メンテ用の道があるのかな? 少し走って相沼内ダム到着。『地図D』相変わらずアンティックというか珍しい階段状の重力式ダムです。昭和五年竣工だといいますから、ダムマニアなら押さえておきたいダムではないでしょうか。

 
その奥へ行ってみましょう。『地図E』右上画像で林道は行き止まりです。川原沿いに開けた所になっていて、当時は、ここで釣りとキャンプをしたものですが、今じゃ怖くて出来ません。

 
相沼内ダムを後にして、本日最後は上ノ国町、上ノ国ダムです。このダムは平成15年に完成したので、まだそんなに月日は経っていません。

 
『地図F』の分岐、まずは直進して『地図G』へ行くと、ダムを一望する事が出来ます。

 
誰もいません。右上画像のTWの左側にゲートが見えるでしょう。脇が固くて通られそうもありませんが、その先は、八幡岳や下の沢山直下を通る林道へ繋がります。

 
『地図H』の方へ行ってみたが、またゲートで行き止まり。 ここはゴメンナサイの通り抜けして・・・

 
ダム直下まで行って記念撮影して戻ります。

 
この界隈は、栃の木がやたら多いので、栃の実だらけでありますが、栃の実は食べられるようにするのに1か月以上もかかるから、薬として使ってもわざわざ食べようって人は、まずいないでしょう。 それにしてもこの界隈には、アオちゃんやシマちゃんがやたら多かった。

 
帰りは、道道5号線を通って栗を頂いたが、TWの積載能力では知れてます。その後、上の沢川の川原へ下りて小休止したら辺り一面雪虫だらけ・・・もうすぐ白い季節がやってきます。


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